欧州フットボールの株式上場に関する考察(1)
2008年06月26日 (サッカーコラム)

フットボールクラブの株式上場は、英国から始まった。発端は、1989年に起きた「ヒルズボロの悲劇」。この事故は、シェフィールド市にある「ヒルズボロ・スタジアム」で「リバプール」対「ノッティンガム」の試合が行われる直前に「リバプール」のサポーターが立ち見席に大勢詰め掛けた結果、最前列の前にある金網に多くの人が押し潰されてしまい、死者95名、負傷者200名を出した英国フットボール史上最悪の大惨事だ。英国「サン紙」は、この事故の原因は「リバプール」のサポーターにあるとして生々しい現場の壮絶な写真を添えて激しく紙面で非難した結果、リバプール市民は「サン紙」の不買運動を起こし、「サン紙」の売上は激減した。この惨劇後、政府主導のもとに施設の安全基準が設けられ、新しいスタジアムの建設を余儀なくされたクラブが多数出てきた。つまり、英国フットボール業界の株式上場とは、その建設費を払えないクラブが必要に迫られて選んだ道だったのだ。上場企業への変貌を遂げるための先陣を切ったのは、名門「トットナム・ホットスパー」。そして、その約10年後にビッグクラブの「マンチェスター・ユナイテッド」が株式上場し、他のクラブも以下のように後に続いた。
英国フットボールクラブの上場の歴史
- 1983年10月
- Tottenham Hotspur(トットナム・ホットスパー)
- 1989年10月
- Millwall(ミルウォール)
- 1991年6月
- Manchester United(マンチェスター・ユナイテッド)
- 1995年10月
- Preston North End(プレストン・ノースエンド)
- 1996年3月
- Chelsea FC(チェルシー)
- 1996年8月
- Leeds Sporting(リーズ)
- 1996年10月
- Loftus Road(ロフタスロード)
- 1996年12月
- Sunderland(サンダーランド)
- 1997年1月
- Shefield United(シェフィールド)、Southampton(サザンプトン)、WestBrom(ウエストブロム)
- 1997年3月
- Birmingham City(バーミンガム)、Charlton Athletic(チャールトン)
- 1997年4月
- Burnden Leisure(Bolton、ボルトン)、Leicester(レスター)、Newcastle United(ニューキャッスル・ユナイテッド)
- 1997年5月
- Aston Villa(アストンヴィラ)
- 1997年10月
- Nottingham Forest(ノッティンガム)
1990年代の後半より、テレビ放映権料によってフットボール業界には大金が雪崩れ込むようになり、欧州にいわゆるフットボールバブルが到来し、フットボール業界は大きく変化しようとしていた。これにより、クラブのトップには経営手腕がますます問われるようになり、また、同時に株式上場による資金獲得の可能性が多くのクラブ経営者達を惹き付けた。この結果、欧州全体で30以上のクラブが欧州各国で上場を果たしている。(第2回へ続く)
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