» 3連敗したU-23五輪を振り返る(BEIJING 2008 OLYMPIC GAMES)

反町監督以下、多くの選手が口を揃えて「後悔はない」的な感想を新聞やインターネットなどのメディアを通じてコメントしていた。
正直、気分が悪い。
いや、もはや開いた口が塞がらない状態に近い。確かに、一生懸命やったから“後悔はない”かもしれないが、少しは応援している立場にもなって欲しいものだ。
今大会の対戦カードを聞いた瞬間、私の頭には『3連敗か?』という考えが過った。
が、同時に『もし米国に引き分けか、もしくは勝てば、あるいは』というかすかな思いも芽生えていた。
今大会直前には、遠藤と大久保のオーバーエイジ(OA)枠問題が大きく浮上していたが、それより、そもそも日本サッカー協会は“五輪”という大会をどう位置付けているのか、まずはここをはっきりさせたいものだ。
トルシエ監督の時代は、自国開催のW杯によって過酷な予選が免除されていたので特殊なケースだったのかもしれないが、“A代表の強化”という側面を持って五輪代表が位置付けられていたように思う。
欧州を見てみると、殆どの国は五輪を重視していない。
UEFAは23歳未満の選手に関する参加の強制を公認してはいないのだ。
そのため、今回ではバルセロナとアルゼンチンサッカー協会の間でメッシ選手を巡る軋轢が生じた。
欧州の五輪に対するスタンスと、アルゼンチンやブラジル、或いはアフリカ諸国のそれは、全く異なるのだ。
こうした各国における五輪代表の位置付けを考慮すると、OA問題の構図もすっきり理解できてくるはずだ。
それにしても、日本サッカー協会の体制には疑問を禁じ得ない。
監督の意向を踏まえての各クラブへの調整というか、十分な根回しが出来ておらず、結果として反町監督が矢面に立ってしまった感が否めない。
今回OA枠を使わなかった国は、日本とコートジボワールの二カ国のみだった。
コートジボワールの場合はアフリカネーションズカップの影響から、今回の五輪チームは明らかな育成の場と割り切っての参加と言われている。
五輪代表という位置付けが中途半端だった日本は、現状のチーム作りにも同様のことが言えるのではないか。
初期の頃、五輪代表に選ばれた選手の多くが入れ替わった。
伊野波、増嶋、青山、水野、家長、平山、カレン等はいつの間にか消えていった。
そして結果的に、攻撃の中心選手が香川と本田になったというところを見ると、軸となる選手を最後まで固められなかったことが大きな痛手となっていたはずだ。
特に、香川については(賛否両論あると思うが)、オーストラリア戦一発で中心選手になったような気がしてならない。
ベテラン選手が不在の中で、年齢が一番若い彼に五輪という大舞台においてチームを指揮させることは本当にベストな選択だったのか?、疑問が残る。何しろ、今大会では3試合合計で1点しか取れていないのだから。
今回の3連敗は、「実力が知れた」とか「世界の壁」とか、そんな結論で終わるべきものではない。
言い尽くされた敗因よりも、これから協会が主体となって、五輪代表という組織を再度その位置づけから定義付けていくことが重要なのだ。
五輪を重視しない欧州の中でも、オランダはリーガエスパニョーラで得点王にも輝いた実績を誇るマカーイを投入してきた。
4年後のロンドン五輪は“純粋なU-23の戦い”となることも噂されている。
とにかく、日本はもう一度五輪代表という組織をゼロから考え直すべきなのだ。
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カテゴリー:サッカーコラム